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宰相の器でない 資質も欠く 醜悪な日本の指導者

総理の資質を欠く醜い指導者しか持てない日本は 「最大不幸社会」 の国と云われてもしかたがないのではないか。政治も経済も行き詰まっている。そうさせた有権者の自業自得だと云えばそれまでだが、日本のこの閉塞状態がなんとも悔しく残念である。

菅直人氏は史上最低の首相だと云われる。見るに耐えない往生際の悪さ、品格を欠く不誠実な振る舞いなどからもまったくその通りだとしかいいようがあるまい
。およそ総理にふさわしくない彼の卑しい人間性は、まさしく日本の恥さらしである。
私利私欲や政局ばかりを謀り
、自らを国に捧げてこの国難に立ち向かおうという気概は、毫も見られない。
内閣発足当初は、” 「第3の道」を目指す菅内閣は日本初の社会民主主義政権だ ” などと
はしゃぎたてられたものだが、これも笑止千万であった。

菅直人氏本人のマイナスイメージとともに、氏の 「 最小不幸社会 」 は、日本に敗北的な負のイメージを与えてしまった。この国にマイナスのイメージを持つ人が圧倒的に多いことが、その後の世論調査でも示されている通りである。

-最高指導者に求められるもの-
日本の最高指導者に求められる最も大切なものとは何であろう。
国民の安全と生存のために、日本という国家をどのような国にすべきかという大局的な構想を持ち、その構想に向かって国民を強力に引っ張っていくリーダーシップではないか。こういう構想はまさしく国家観であり、哲学あるいは歴史観ともいえるものだ。 

安全とは安全保障のことである。日本の主権を守りぬく外交を行い、領土・領海・EEZの安全を確保する。自国の燃料・水・食料などの資源、国民の財産・生命・生存を外敵から
守る。経済を成長させ、日本人すべての安寧・幸福を追求し、日本を国家として大きく発展させて行く。
我々が最高指導者に求めるものとはこのことである。憲法の前文にも 「 安全と生存 」 という言葉がある通りだ。
この構想を実現するために指導者には、人格と見識、確固たる信念、気概、強靭な意志、そして統率力と実行力が必要なことはいうまでもあるまい。

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国旗・国歌の起立斉唱は強制とすべきだ

全国初の「君が代起立条例」がきょう3日夜、大阪府議会本会議で可決成立した。維新の会(代表・橋本徹知事)提案で、市町村立を含む府内公立学校の教職員に対し、国歌斉唱時の起立を義務づける内容である。府施設での国旗の常時掲揚も義務づけた。

「 ほたるの光 窓の雪 」や 「 仰げば尊し 我が師の恩 」 は日本人の心に深く刻まれている感動の歌だ。一生の思い出となる厳粛な卒業式で、誰もがこれを唱い学窓を巣立っていく。同時に、節目の卒業式の象徴となるのが、国旗に向って起立し国歌を斉唱するあの瞬間であろう。

ところがその時、起立もせず斉唱もしない教師が一部に見られるのはまことに残念なことだ。意地を張って座ったままふて腐れる教師の姿は、純真な児童生徒の目にどう映るのであろうか。希望に胸をふくらませ、未来に向って大きく飛び立とうとする児童生徒たちの目の前である。純粋な若い心への悪影響は計り知れないものがあろう。その場の保護者や来賓の目にも、大多数のまともな教師の目にも、その異様さは尋常ではないはずだ。

わが国は国旗や国歌に対する国民の反応が極めて特異な、世界にも例のない不思議な国となっている。入学式や卒業式の国歌斉唱時に教職員が気勢をあげる、校長に土下座を求める、国旗を引きずり下ろすなど、信じられないような国旗と国歌への執拗で陰湿な妨害行為がずっと行なわれてきた。国旗掲揚・国歌斉唱は教育現場でなかなか正常化できない長年の懸案であった。

国旗・国歌をめぐる訴訟は、東京だけで24件、係争中の教職員は述べ約740人に上るという。全国では元教職員ら延べ約960人が31件の裁判を係争中ということだ。
今回、最高裁が起立命令の正当性を憲法上認めたことで、やっと「憲法論争」が決着する方向となり、大多数の国民がほっと胸をなでおろしたことであろう。

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