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指導者に求められるもの

日本の指導者に求められる最も大切なものとは何だろう。
日本国民の安全と生存のために、日本をどのような国にすべきかというしっかりした構想を持ち、その構想に向かって国民を強力に引っ張っていくリーダーシップではないだろうか。

「安全と生存」とは憲法の前文にもある言葉である。安寧・幸福ともいうべきものだ。こういう構想は国家観というものであり、哲学あるいは歴史観ともいえるものであろう。
天上大風が指導者に求める最も大切なものとはこのことだ。


その構想を実現するためには指導者としての人格と見識、確固たる信念、強靭な意志、そして統率力と実行力が必要なことはいうまでもあるまい。

戦後の歴代内閣総理大臣や政党党首の中にも、そういう哲学や国家観を持った指導者が少なからずいた。
残念ながらそれを実現するためのなにか一部が欠けていて、志なかばで退場してしまった指導者が多い。


民主党の小沢幹事長は日本の指導者として不適格だというのが天上大風の見方である。小沢氏は日本国民の安全と生存のための国家観や哲学を持った政治家であるとは思えない。

国家観や哲学がないということは、”政治資金規正法”云々以前の根本問題だ。起訴か有罪か無罪かなどは二次的な問題である。

小沢氏については、12月20日付「天上大風から日米中を見て」で論じた。この中で”正視に耐えぬ あきれた朝貢団”や”国の指導者の誇りと品格”などと題して詳しく述べた通りである。

氏は自民党から新生党・新進党・自由党・民主党と渡り歩いた。もともと注目の保守派であって、一時期日本のあるべき国家像を語って大いに期待された時もあった。しかし”渡り”と共にその言動は変転し、新たに結成した党内で、その都度左派との妥協を繰り返し”曖昧リベラル色”を強めていった。

そして今与党の最高実力者になるや、支持者に阿るあまりか、離米・親中・親韓を通り越して、時に反日とさえ言いたくなるような軽々しい言動をするようになったのである。

中韓首脳には醜く迎合するばかりである。その面前で堂々と日本の国益を主張したことはない。
二度にわたる卑屈な共産党独裁国詣で、韓国での”天皇訪韓”や”危うい天皇観”発言、そしてその政治利用。

与党や政府内合意もない外国人参政権をその当該国に行って約束する独裁者気取りの売国奴(23日付日刊紙による)的発言など例をあげればたくさんある。
日本国内ではしゃべる勇気もない”私的天皇観”を朝鮮半島で放言するのは正に反日売国奴とメディアに言われても仕方がないのではないか。


小沢氏は長年続いた自民党支配を選挙で粉砕したという点で政治史に残る実力者であろう。しかし氏の念頭には国民・国家のために日本を望ましい方向に持っていくという考えはないようだ。
手段となるべき選挙や權力掌握そのものが目的になってしまっている。選挙になり振り構わず勝つこと、権力を握ることが目的そのものなのだ。数のためなら思想・信条は二の次、集票できる左翼にも同調し、労組を偏重する。大衆受けする定見なき美人タレントやアナウンサーをかり出す。戦後日本の教育を荒廃させた日教組代表者を幹事長代行とする。
国家観・歴史観のみならずリーダーに必要な品格と見識を欠いていることからも、日本の指導者として不合格であろう。


小沢氏は田中・金丸直系の有力後継者といわれてきたが、その田中・金丸金脈の「政業癒着」「利益誘導政治」体質からどうしても抜けきれないようだ。
その哲学は国民・国家のための哲学ではなく、自己の權力維持拡大のためだけの”利益誘導政治哲学”にしか見えないのである。

このところ東京地検の事情聴取関連でメディア情報が氾濫している。今夜も参議院予算委員会で、鳩山首相と共に糾弾されているニュースばかりであった。
本文の主題ではないが、各紙の例をあげれば次の通りである。

いわく 小沢氏全面否定でもなお疑問残る、民主党捜査批判・「圧勝」の意味をはき違えるな(以上読売)、首相発言-あまりに軽率・思慮不足、総務相発言-政権党の短慮にあきれる(以上朝日)、民主の「検察リーク」批判は筋違い(日経)、「不起訴」発言-首相の資質を欠く、形式犯論-虚偽記載は重大犯罪、小沢氏は議員辞職すべき(以上産経)、民主疑惑解明を妨害する気か。民主党議員は腰抜けか。幹事長続投
首相も党も一丸の異様 などなどである。

自己の權力維持・拡大のために全力をあげ、国民のための視点・大局観を欠く小沢氏には国益のためにも退場してもらったほうが良いであろう。
民主党の自浄能力が問われているのである。


最後に、日本経済新聞(1月9日(土)付け)に出た 『指導者の風圧・鮮烈に記憶』を参考として掲げる。
「私の履歴書」 吉田茂元首相 細川護煕⑧


--『吉田氏は本当の意味でステーツマンだった。日本の進路について明確な信念をもっており、そこへ向かって国民をひっぱっていく気概があった。政治家にとって最も大切なのはこれだと思う。
指導者に必要な情熱、勇気、使命感、歴史感覚、先見性、現実処理能力そしてロマンと信仰をもちあわせていた。なによりも私心がないように見受けられた。政治への志をはっきり固めたころの私にとって、吉田氏は書物の上でなく、生身の人間として、最初の強烈な印象をうけた政治家であった。
時代を動かしている人の持つ風圧というか、威圧感 存在感を直接肌で感じることができたのは、得がたい体験だった。』--

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